【小説完全版】帰る場所~みなと釣り具店~〈第1章〉

【小説完全版】帰る場所~みなと釣り具店~①


※小説は漫画より先にネタばれあり。改めて。むろんです。普段は、
誰かの人生や心に残った出来事を題材に、
ナップビズブログとinstagramを中心に漫画を描いています。小説や漫画より活字が好きな人へ向けて描いています。もちろん本や
小説は好きじゃないって人にも向けて
読みやすいように
一行を少なめにしてサクサク読めるように工夫しています。今回、小説として書いたのは 『帰る場所』という物語です。「芋もち食べてかない?」の
もう一人の主人公のタダシです。

 

 


↑※小学校時代の小3のタダシ。

今回の物語の主人公は、18歳の青年・タダシ。

児童養護施設を出たタダシには、
仕事も、住む場所もありませんでした。

頼れる人もいない。
「自分でなんとかするしかない」 そう思いながら、公園で夜を過ごしていたタダシ。
お腹を空かせながら、目の前で餌を食べる鳩を眺め、

「今は、あの鳩になりてぇ」 そんなことを考えていた彼の前に現れたのが、
町の小さな釣具屋 「みなと釣具店」を営む、

一人のおっちゃんでした。
口が悪くて、頑固で、無愛想。

優しい言葉なんて、ほとんど言わない。

なのに、なぜか放っておいてくれない。

お腹が空いていれば飯を食わせ、 行くところがなければ、
「その箱、そこ置いとけ」 と居場所を作る。

そしてタダシは、みなと釣具店で初めて「働く」ということを知っていきます。

自分の仕事で誰かが喜ぶこと。 自分にも誰かの役に立てること。

誰かに必要とされること。 そして—— 帰る場所があるということ。

最初はただ、 公園で出会った青年と、 お節介な釣具屋のおっちゃん。

血のつながりもなければ、名字も違う二人です。

それでも、一緒に飯を食べて、
喧嘩して、 魚を釣って、 店を守って、
毎日を重ねていくうちに、

二人の間には名前のつかない関係が生まれていきます。

そしてもう一つ、この物語で描きたかったのが、

人から人へ渡っていく、小さな優しさです。

自分では忘れてしまうほどの小さなお節介が、 誰かの人生を変えることがある。

その人に渡した優しさが、 また別の誰かへ渡っていく。

そして何年も何年も遠回りをして、
いつか思いもしなかった形で、
自分のところへ帰ってくることもある。

そんな、人と人とのつながりを描いた物語です。

人は、どこから「家族」になるんだろう。

「帰る場所」って、いったい何なんだろう。

タダシと親父の時間を通して、 最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

『帰る場所』 全24話。 ここから、物語が始まります。

小説では漫画に進んでいない部分があります。ネタバレ必須自己責任でよろしくお願いします。

 

第一話 帰る場所のない十八歳

 

「ぐぅぅ……」

腹の奥から、情けない音がした。

タダシは腹を押さえながら、公園のベンチに深く腰掛けた。

「……腹減った。」

児童養護施設を出て、三日。

十八歳になったタダシには、もう施設で暮らし続けることはできなかった。

今、タダシが持っているものといえば、ひとつの段ボール箱と、十二万円ほどの貯金。

それだけだった。

本当なら今頃、友達の家にいるはずだった。

施設を出たら、しばらく一緒に暮らそう。

そう言ってくれた友達がいた。

タダシも、その言葉を頼りにしていた。

けれど、施設を出る直前になって話が変わった。

「ごめん、タダシ!」

電話の向こうで、友達は何度も謝った。

「親から反対されて……。俺はお前と暮らすの、楽しみにしてたんだけど。」

 

「大丈夫だよ。」

タダシは笑って答えた。

「なんとかなるよ。」

友達が悪いわけじゃない。

そりゃそうだ。

突然、十八歳の男が家に転がり込んでくると言われたら、親だって困るだろう。

頼りにしていた自分も悪い。

そう思うことにした。

行くところがなくなったタダシは、駅から少し離れた公園にやってきた。

屋根のある休憩所があった。

水道もある。

トイレもある。

夏だから、夜になっても凍えることはない。

――これ、冬だったら死んでるんだろうな。

そんなことを考えながら、ベンチで眠った。

 

 

それから三日。

タダシはまだ、そこにいた。

財布を開く。

十二万円。

「……使いたくねぇ。」

金がないわけではない。

安い宿を探せば、何日かは屋根のある場所で眠れる。

飯だって食える。

 

それでも、財布から金を出すことが怖かった。

 

施設を出る前、園長先生から言われた言葉が残っていたからだ。

 

『タダシくん。今が楽しいからって、お金を全部使っちゃダメよ』

 

『この先、本当に困った時のために貯めておくの』

 

『お金はね、転ばぬ先の杖になるから。大事にするのよ』

 

タダシにとって、この十二万円はただの金ではなかった。

 

これがなくなったら、本当に何もなくなる。

そんな気がした。

 

園長先生は、もう一つ言ってくれた。

『どうしても……どうしても困ったら、私の家に来なさい』

 

 

施設のすぐ裏にある自宅だった。

『遠慮しなくていいからね』

優しい人だった。

だからこそ、行けなかった。

あれは施設としての支援ではない。

園長先生が、個人的に自分を助けようとしてくれているのだと、十八歳のタダシにも分かっていた。

「……迷惑はかけられない。」

小さく呟いた。

自分でなんとかしなければならない。

昨日も仕事を探した。

求人の貼り紙を見つけて、勇気を出して店に入った。

ところが――

『住むところないの?』

「はい。でも、すぐ探します」

『連絡先は?』

「……今は、ないです」

店主は困った顔をした。

『あー……。うちでは雇えないな。ごめんね』

「……はい」

今日も探すつもりだった。

だけど腹が減って、身体に力が入らない。

「ぐぅぅ……」

また鳴った。

「うるせぇな……。」

自分の腹に文句を言った、その時だった。

少し離れたところに、鳩が集まっているのが見えた。

十羽ほどいるだろうか。

その真ん中に、一人の男が立っている。

くたびれた帽子。

日に焼けた顔。

肩には、水色のタオル。

 

男が何かを撒くたびに、鳩たちが一斉についばんでいる。

「…………。」

タダシはじっと見た。

うまそうに食べる鳩たちを。

そして思った。

――いいなぁ。

もう少し見ていたら、本気で羨ましくなってきた。

「……今はあの鳩になりてぇ。」

自分で
言って、少し笑った。

 

 

男のそばには、自転車が停められていた。

そこには釣竿や道具が積んである。

 

――あのおっちゃん、釣りするんだな。

 

タダシは昔から釣りが好きだった。

 

だから、腹を空かせながらも、つい釣具の方へ目がいった。

すると――

男がこちらを見た。

目が合った。

 

「…………。」

「…………。」

 

なんとなく気まずくなって、タダシは軽く頭を下げた。

 

「……どうも。」

 

男は何も言わなかった。

 

ただ、タダシをじっと見ていた。

その視線が妙に長い。

 

――なんだよ。

 

タダシは目をそらした。

 

男はまた鳩に餌をやり始めた。

 

けれど。

男は、タダシのことを知っていた。

 

正確には――

気づいていた。

 

 

昨日も。

一昨日も。

 

同じベンチに、あの若者がいたことを。

 

着替えもほとんどない。

荷物らしい荷物もない。

 

持っているのは、たった一つの段ボール箱だけ。

 

男は鳩に餌を撒きながら、ちらりとタダシを見た。

 

「…………。」

 

三日も、ここで何をしている。

 

そんなことを聞くつもりはなかった。

 

自分には関係のないことだ。

そう思っていた。

 

――はずだった。

 

男は肩に掛けていた水色のタオルで、首元を拭った。

 

そして何事もなかったように、釣竿を持ち上げた。

 

この時のタダシは、まだ知らなかった。

 

この口の悪そうなおっさんが、

自分に飯を食わせ、

仕事を教え、

釣具屋に住まわせ、

やがて――

父親になることを。

 

 

そして男の方も、まだ知らなかった。

 

公園のベンチで腹を空かせていたこの十八歳の青年が、

 

いつか自分の店を守り、

自分の水色のタオルを肩に掛けることを。

二人はまだ、

ただの他人だった。

 

けれど、この日。

 

帰る場所を持たなかった十八歳のタダシは、

自分の「帰る場所」になる人と出会った。

 

 

――第一話 終

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